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  2021年度第3回アキバテクノクラブオープンセミナーを開催しました
       


オンラインセミナー

2021/7/29  
2021年度
第3回アキバテクノクラブオープンセミナー

 
案内人:河合昌次氏
テーマ:「お茶の水から神楽坂まで江戸落語の舞台をまち歩き」 


■ オンラインまち歩きの試み 
  アキバテクノクラブ恒例のまち歩き。今年度は、コロナ感染防止の観点から、昨年秋に河合昌次氏の案内でお茶の水から神楽坂まで歩いた際の映像と、資料や古地図を重ね合わせながらのオンラインまち歩きとなりました。 今回ご案内いただく河合昌次氏は、「江戸落語の舞台を歩く」の著者で、落語にも江戸のまちにも造詣が深く、4回目となる今回も現代に残る江戸のまちの痕跡を再発見するまち歩きとなりました。
 

■ お茶の水から神楽坂まで 
  まずは御茶ノ水駅を出発し、「お茶の水」の名前の由来を伺いながら、ニコライ堂へ向かいます。
  今回は、古地図と照らし合わせながらまち歩きをするのが特徴で、ニコライ堂の説明はもちろん、ここニコライ堂が江戸時代の火消屋敷の一部であったこと、火消屋敷はどのような役割を果たしたのか、火消が登場する落語「火事息子」にも話はおよび、次の目的地湯島聖堂へ向かいました。
 湯島聖堂とニコライ堂、2つの「聖」を結ぶことから「聖橋」と名づけられた「聖橋」は比較的新しい橋ですが、そこから見える「昌平橋」は、名所江戸百景にも描かれ、この錦絵に描かれた「神田川」「湯島聖堂」「昌平橋」は今も当時の面影が残されています。
 その「湯島聖堂」は、「孔子廟」を拡大し、官学の府としたのが始まりで、建物は関東大震災で罹災し、斯文会により再建されたものだそうです。
  敷地は当時の三分の一ほどになっていますが、三分の二の敷地は「教育の場」として現代に受け継がれ、「東京大学」「筑波大学」「お茶の水女子大学」等を経て、「東京医科歯科大学」となっています。 構内には「近代教育発祥の地」の碑が残されていました。
 次は、神田川にそって、順天堂大学、水道橋へと向かいます。
  「順天堂大学」もまた、古地図では「火消屋敷」のあった場所であり、江戸城を火事から守るために、江戸城を囲むようにいくつもの火消屋敷が配置されていたようです。
 「順天堂大学」からさらに西に行ったところに、「神田上水掛樋跡」の碑が見えてきます。この掛樋は井の頭・善福寺などを水源として運ばれた上水を江戸城に供給するためにかけられた「水道橋」です。江戸時代の名所絵図にも多く描かれています。「水道の水で産湯を使う」のが江戸っ子の自慢だったとか。
 この後、水道橋では、神田上水掛樋のレリーフを見ながら、警察庁長官狙撃事件で使われた拳銃を探すため神田川にもぐって探したが、泥がひどくて見つけることができなかった話、後楽園では、神田川上水が水戸屋敷の庭園を通っていたことや、水戸藩上屋敷の門番からとっちめられた孝行息子が出てくる落語「孝行糖」の話など、江戸落語から現在まで話題は縦横無尽に続きました。

  最終目的地神楽坂では、歩き疲れた一行が一息つく場所を求めて小路をふらふらさまよっているところで、まち歩きは終了となりました。

■ 江戸の痕跡はそこかしこに
 映像や古地図、錦絵を見ながら歩いた今回のまち歩き。湯島聖堂や後楽園のように今も残されているものだけでなく、変わらぬ地形や、地名から、そして落語から、150年以上前の時代の名残を感じることができました。  オンラインでのまち歩き、物足りない点もあったかと思いますが、コロナが落ち着いたら、次は古地図片手に実際に歩いて、江戸の痕跡を探していただければと思います。きっとまち歩きのあとのビールがおいしいことでしょう。

今回の案内人河合昌次氏HP「落語の舞台を歩く」はこちら

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